2011年1月18日火曜日

第6章「幽現の渦」2―ハイテク機器の怪―part3: 開くパソコンの蓋

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「霊との会話」というものは、現在でもネットを少し調べれば、多数実例が見つけられるものです。

 しかし、「会話」といっても、多くは、「霊媒」もしくは「霊能者」(今では「スピリチュアリスト」「スピリチュアル・カウンセラー」との肩書きがより一般的になっているようです)が、冥界、俗に言われる「あの世」より亡者の霊を呼び寄せ、そしてその霊の語る内容を、それを知りたいと願う血縁者や恋人に「仲介者」となって告げる場合が多いのです。

 そのため、「仲介者」は英国では「間に立つ者」として、middler と呼ばれます。

 また、「霊の言葉」は、彼ら middler にしか聞こえず(または感知できず)、その霊の血縁者が聞くケースはほとんどありません。

 私は今年(2010年)初夏、「霊界」に関してネットを検索する中で、1983年9月1日の大韓航空機撃墜事件に家族が巻き込まれ、長男と妻を一度に失った方のホームページを知りました。

 そこで、middler のなす役割や、その方の亡くなった息子さんの霊との「再会」の場面を詳しく読み、遺族の方の悲嘆に明け暮れる身を切られるような心情や、霊界においてもなお父を慕い、尊敬し、語りかけようとする息子さんの深い愛情に大変感銘を受けました。

 息子の姿は現実にはもはや見ることはできないが、その魂は「生きて」おり、霊界でも「生活」を続けている。そんな息子の魂のメッセージを知りたい。

 そう父親が思う一方で、息子もまた、かつての世界に暮らし、泣き暮らす父に「今僕は、いつお父さんに会っても恥ずかしくないよう、やり残した大学での勉強を、こちらの世界でも続けています」と伝えたい。

 そのように、肉親同士が己の思いを伝え合いたいと強く願望しているにも関わらず、父親が亡くなった息子の声を直接聞くことは叶わないのです。亡者のメッセージを肉親に伝えることができるのは、middler のみなのです。

 そうした事例を読むと、私にはますます疑問が沸いてきました。

 なぜ、2008年7月13日頃から11月末まで、私のみならず、息子や、果ては母や父にまで、私たちとは全くの他人の「霊」の声が聞こえるようになっていったのだろうか?

 私も、10年ほど前に母方の叔父を、7年ほど前に父方の5歳上の従兄を「急死」という形で失った経験があります。しかし、叔父も従兄も、ただ遺影の中で微笑んでいるだけで、その声が聞こえてくることは、一切ありません。

 「赤の他人の霊」は、いきなり話を始めたのではありませんでした。

 彼らの声は、玄関の明かりやスイッチのように、最初は小さく、弱々しい、声とも言えないようなもので、それが単語となり、こちらに訴え、問いかけるような明確な音声となって、我が家の寝室やリビング、廊下に響き渡る「台詞」となったのです。

 「明かり」から「物が飛び交う」まで、徐々にその現象が激しさを、きちんと段階を踏んでエスカレートしていったように、「彼らの声」が「生者との会話」に至るまで、そこにはやはり、不思議な段階がありました。

 こうして振り返ってみると、「物が飛ぶ」とか「壁から音がする」という現象は、究極的には「亡者の何らかの感情の表出」の現れに他ならなかったのだ、と思えてくるのです。

 しかし、亡くなった人々の霊魂が、なぜ私たち家族に接近してきたのかは、全くもって不可解なままです。

 東京には、私の姉が住んでいます。私はユタカを産んで3ヶ月後に夫を病気で失いましたが、姉は夫と二人の子供と暮らし、自治会書記やPTA会長、パートに忙しいごく普通の主婦です。

 私の姪や甥も、高校や小学校でいじめなどの人間関係に悩む思春期を経た様子でした。二人とも、今では20歳以上となりましたが、10代の半ばで、我が家のような怪現象に苦しんだ経験はありません。

 姉妹でも、霊体質になる者と、ならない者がいる、ということなのでしょうか。また、いじめに苦しむ思春期の子供のストレスが、霊界の者を無意識に呼び寄せたり、ただのストレスとして終わる場合がある、ということなのでしょうか。

 こうした現象に関して、その謎の原因を探り、定義づけることは、ある程度可能でも、完全なる明確な答えは永遠に得られないように思われてくるのです。
 
 しかし、なぜ「赤の他人の霊」が、我が家に「ここだ、ここだ」と集まってくるようになっていったのか―

 その答えは、今考えると実に奇妙で非現実的で恐ろしいことですが、8月から9月にかけて訪れた、様々な原因で亡くなった子供たちや女性たちの「声」に集結されており、彼らの話にはある共通点が存在していたのでした。

 夏の真っ盛りに、そんなことにまで怪現象がエスカレートするとも思わず、6月末から7月中旬まで、現象の奇怪な「展開」の舞台へと少しずつ階段を昇りゆく途中で、私たちの家では、今度は「ハイテク機器」であるPSPやパソコンに不思議な出来事が起こり始めたのです。

 6月28日土曜日、午前0:40 には、「動いた物・飛んだ物=私の歯ブラシ」「最初あった場所=洗面所→落ちた所=洗濯機のふたの隅」と私は記録していました。

 それによると、「状況=午前0:40、ユタカが口を洗っている時、私がトイレに入ると、子は先に部屋に戻ったが、私がトイレのドアを開けると、急にカチーン!とすごい勢いで飛んできた」と書かれてありました。

 確かにユタカは先に部屋に戻る音を、トイレの中で私は聞きました。

 そして、用を済まし、ドアを開けると、私の歯ブラシが、私の眼前で、ブラシ立てから飛び出し、獲物に飛びかかるようにビュッと「投げられ」、洗濯機の蓋の隅に激しい音を立ててぶつかったのです。その間わずか1秒未満、実にあっという間の出来事でした。

 そうした「物が勝手に飛ぶ現象」に遭遇しても、その時には既に感覚が痺れてしまっていました。ただ、ギクッとはしますが、最初の頃のように「キャーッ!」という叫び声は、もはや出ませんでした。

 また、同日AM1:30 頃、いつも通りに、寝室の壁を「コンコンコン!」と叩く音が始まり、それが次第に大きくなってきました。

 そこで、私は、『般若心経』をテープと共に3回唱え、残りは私自身で口で唱えようとしましたが、急にユタカが「やめて!」と顔を覆い、何かを呟きました。

 しかし、すぐに彼は顔から手を離し、きょとんとした表情で、「僕、今、何か言った?そんな、『やめて』なんて言ってないよ。他に何か言ったって......?」

 その時には、不思議なことに、もう壁の音は鎮まっていました。まるで、ユタカの「やめて!」という声に呼応したかのようでした。

 息子は10秒ほど黙っていましたが、こう言いました。

 「何だか、まだ重~い空気が漂ってるなぁ。あっ、さっき、僕が言ったこと、思い出した。『襖にも血が飛び散った、だから手を洗ったんだ』って言ったんだよ」

 息子がこう言うのを聞いて、2008年6月28日の夜中の時点では、様々な「物が飛ぶ、奇妙な音が壁からする」と言った怪現象を訝ったり、息子の発言を「なぜこんなことを言うんだろう」と悩むことはあまりありませんでした。

 それは、次々と奇妙な事変が起こるために、そうした現象や発言に関し、あれこれ考えている暇が無かったからでしょう。

 しかし、2010年の現在では、当時のこれらの記録ノートを見ていると、ユタカの『襖にも血が飛び散った』などという言葉は、2日前の襖の血痕の原因を物語るものであることに気づくのです。

 もちろん、ユタカが襖に「血を飛び散らせた」と私たちは考えてはいません。2年前の6月28日の夜中もそうでした。ユタカにそう「語らせた」のは、「血痕を襖に残したモノ」に違いない、と感じていたからです。

 もし何らかの霊が、13歳の少年に自分のメッセージを語らせたのだとしても、それは通り雨のような、ごく一時のことのようでした。

 そして、もし、息子が別人であるかの如く、奇怪なことを話し続けたら、私と母は、「ユタカがどうかなっている」とひどく心配したかも知れません。

 しかし、そんな心配が一切頭をもたげなかったのは、彼がすぐに、いつもの表情と調子で話を続けたからでした。だから、「さっきの言葉は『霊が語らせたんだ』」との解釈で、胸をなで下ろしていたのです。

 「霊が息子の心に乗り移り、息子の口を借りて奇怪な台詞を語った」と解釈する方が安心するなど、全く非現実的であることは判っているのです。

 それでも、2010年の今でもそう解釈する方が当時の状況に叶っていると感じ、2年前の6月末の晩には、そんな解釈さえも思い浮かばなかったのは、不思議としか言いようがありません。

 ユタカは、「襖の血」の話の後、こう言いました。

 「人の気配がさっきからしてたんだ。壁の音がする前から。今、玄関のすぐ前―今度は瞬間移動して、ベランダの外にいる。重い大きな靴を履いてるから、ジャリジャリッて重たそうな足音なんだ」

 「えっ!今、ベランダにいるの......?」
 
 「うん。ゆうべ、気配がした時も、こいつだった。中性的な奴......あっ......!なんで中性的なのか、分かった。焼死した奴だったんだ。だから男女の区別が無いんだよ。こいつは、今まで(うちに)いた、成仏しちゃった幽霊とは違うよ。人を殺して、地獄に行き損ねた奴だ。この家で、昔、家庭内暴力かなんかあって、以前(旅行前に)来ていた4人家族が死んだのかも。僕らの前の前に住んでた人たちが、そういう目に遭って......」

 ユタカの言う「中性的な奴」と言われる人物の霊は、もしかしたら、5月の末頃、ユタカの夢に出現し、録画した携帯のムービーフォルダを「証拠」と呟き、データを消去した者と同一人物なのかもしれません。

 その後、午前2時半頃から4時近くまで、ユタカは PSP で、モーツアルトの「四季」など、静かな曲を小さく低い音量で流していました。そうすると、壁の音も次第に少なく、控えめになり、やがて妙な気配は消えてしまいました。

 ユタカの「中性的な焼死した人物」の話は、見方によっては、10代前半の子供の想像に過ぎない、と思われるかもしれません。

 しかし、息子の「夢に出てきた中性的な人物」が生き物のように動くスタンドの映像フォルダを消し、そのフォルダ消去が現実に起こったことや、「夢で誰かが人を刺し、血が飛び散る場面」を彼が見た後、実際我が家の襖に血痕が残っていたことを考えると、ユタカの「霊」なるものに対する感受性と、彼の見る夢は、そうした異次元の者たちにとって、実に都合のいい地盤だったに違いありません。

 翌日、6月29日、日曜日の夜半は、パソコンに異常が起きました。

 ユタカは、午前1時過ぎにノートパソコンを使ったDS の通信を止め、就寝前の安定剤を飲み、床に就いていました。

 しかし、午前2時過ぎ頃から、蓋を閉じたパソコンから、3回も再起動するメロディが私にも息子にも聞こえてきたのです。

 変に思ったユタカが起き上がり、リビングの時計下の机に置いてあるパソコンを確認しに行きました。

 私は彼に「やっぱり変だ、来て」と呼ばれてそばに行きました。すると、消したはずのパソコンの電源が ON になっており、閉じたパソコンの蓋が20cm も開いていました。
 
 そんなに開いていると、モニター画面もよく見えます。いつも私たちが使う時のように、外国の風景を壁紙にしたスタート画面となっていました。

 いろいろな現象が起きるといっても、パソコンにまで異変が及ぶとは想像もできませんでした。「また壁がうるさいだろう、小物が動くだろう」と私たちが考えていると、「目に見えぬモノ」たちは、「じゃあ、今度は違うことをしてみせよう」と企んでいるかのようでした。

 「なんで、ユタカはパソコンをちゃんと終わらせて、蓋をしたのに......再起動して、スタート画面なんてことになるの?」

 「さあ......本当に終了して、蓋をきちんと閉めたんだよ。でも、さっき、布団に入ってから、誰かがパソコンの前に座って、キーをカチャカチャ操作する音がしてきたもの」

 「誰かが操作する音......?お母さん、音楽をヘッドホンで聴いてて、聞こえなかった。気持ち悪くない......?」

 二人して、パソコンの異変に気を取られていたこの時でした。

 私がピアノを弾く時に使うクッションが、隙をつくように、いきなりピアノの椅子から床の上へと2mほど飛び、床に投げつけられたのです。

 この時は、さすがに「わっ!」と声を上げてしまいました。再び私たちは、異空間の壁に取り囲まれていたのです。

 私は、まだ心臓がどきどきしている中、午前2時40分頃、一人でトイレに行きました。ただ、驚きで尿意を催しただけで、トイレに行くことは、そんなに怖いことではありませんでした。

 しかし、トイレに入り、鍵を閉めた直後、外から誰かがドアを「トントン!」と素早く叩く音がした時には、ギョッとしました。母もユタカも、トイレの戸を他人に対してのように叩く訳がないからです。

 その直後、便座の左手にあるトイレットペーパーを取り付けた壁からも、「誰かの手の甲」で「トントン!トントントン!」と続けざまに5回、執拗に叩く音がしました。

 この左手の壁の向こうは、電気温水器が収納された機械室で、その向こうはマンションの共用廊下なのです。誰も、機械室に入る隙間などないのです。

 まさかトイレの中の壁からも音がするとは思ってもいませんでした。このような新たな怪奇現象は、5月からの1ヶ月半に渡った経験により、私達の心の中で図式化された超常現象のパターンを、故意に崩そうという「モノ」たちの意図だったのでしょうか。

 「怖い」との感覚が麻痺していた私は、ほぼ1ヶ月ぶりにぞーっとし、「怖い、怖い」と心底感じました。

 慌てて寝室に戻っても、まだトイレの方から「ゴン!」と何かをひどく叩くような音、そして、家のどこからか、「ドーン!ドーン!」という異様な大きな音が響いてきました。

 「うちのトイレから音がするなんて......こんなこと、なかったのに......ねえ、怖いったら......!」

 ユタカにこう訴えると、息子は「よし!じゃ、今夜はロック系で行こう。こいつはうるさいぞ~!」と面白そうに曲を選び始めました。

 その晩、PSP で流したのは、バンド名は忘れましたが、アメリカのヘヴィメタルだったと思います。疲れて眠たい時、こんな曲を聞き続けると、怪現象による音を鎮めるためとはいっても、「ああ、辛い」と感じます。

 しかし、ユタカの勘は当たっていたようでした。「目に見えぬ敵」も、「ああ、うるさくて落ち着かない」と思ったのか、異様な怪音はすっかり消滅したのでした。(To be continued......)


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