2010年8月18日水曜日

第6章―幽現の渦:1―闇夜の旅:part4―落ちてきた柿の種

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 全く、この4泊5日の旅は、ただ怖い目に遭うために出かけたようなものでした。夜中が眠れないことばかりであるため、昼間はみんなボーッとし、昼寝かトランプばかり、夜半は恐怖の直中で、父とビールを「やけ酒」とばかりに自動販売機で買い込み、飲み明かしたりもしました。

 6月17日の午後には、またJRに乗り、今度は別のホテルのあるF町へと向かいました。

 Y町の旅館をチェックアウトする際、父はフロントマネージャーの方に、この旅館に泊まってからの2日間の出来事を話していました。

 多分、夜中2時半の行動を警備員の方に見られていたことから、その「不思議な行動と告白」の理由を説明しておきたかったのでしょう。

 父は、ソファーに座って待っていた私たちの所に満足した表情で戻ってきました。

 「やっぱりね、あの人は長年の知り合いだからなあ。『こんな不思議なことに2日間苦しんだ』というこちら側の事実を、熱心に聞いてくれたよ。『現実に、奇々怪々なことというのは起きるものだ、ということが分かりました。今後の参考にさせていただきます』と言ってくれた。あの人みたいに、話が分かる人は有り難いね」

 私は、あんな怪奇談をじっくり聞いてくれる人が、学校のカウンセラーの先生以外にいることに驚きましたが、やはり嬉しくもありました。妙な経験を誰も信じてくれないと、まるで無人島に取り残されたような孤独感がいや増すばかりだったからでした。 
 
F町のホテルには、午後2時半頃到着しました。

 そのホテルは、私が2001年、大阪からまだ6歳になったばかりの息子のアトピーを治すために兵庫県に転居した際、「家族でお出かけガイド」といった本にも紹介されていた、ハウステンボスのような、洋風のお城を模した洒落た建物で、いつか行きたいと思っていた場所でした。

 「ここに、こんな目的で宿泊するとは思わなかったな......」

 そう残念に思いましたが、仕方がありません。

 いや、仕方がない、という感情はとっくに通り越し、「なんの因果でこの世のものとも思えない状況に巻き込まれてしまったんだろう」との、何とも形容のし難い複雑な想念だけがありました。

 そうした私の恐れの入り交じった虚しさとは裏腹に、その夢見るようなヨーロッパのお城の如き庭園に囲まれたホテルのロビーは、豪華でリッチで、重厚感が漂っていました。

 父がフロントでチェックインし、17日午後から19日10時のチェックアウトまでの約2日間、和室の4人部屋のキーを受け取り、4階の部屋に入りました。

 その時、私は、いつも持っていた水色の手提げが無いことに気づきました。私は自分でも慎重で用心深いほうだと思っていましたが、あまりの疲れで、ロビーの椅子に置き忘れてしまったのでした。

 改めて部屋に入ると、外の洋風な建物の外観と、質素な和室とがマッチしない気がしました。最初に止まったY町の和室の方が清潔な印象があった、と感じました。

 それでも、部屋のドアはやはりカード式キーで、一歩廊下に出ると、シックな赤い絨毯が敷き詰められ、廊下やレストルームの装飾も美しい彫刻が施され、外国の一流ホテルに泊まっているようでした。

 父は、夕食前に、2回ほど入浴をし、疲れを癒していました。

 「浴場は、この廊下をずーっと左に歩いて、透明な自動ドアがあるから、その先の階段を3階に降りれば、すぐ分かる。浴場の前でスリッパ脱いでな、受付のおばさんにロッカーのキーを100円渡して受け取るんだ」

 私は、「広い立派なお風呂だし、ジャグジーもあるし、入らんと損するぞ」と言われ、怖かった気分がだいぶ和らぎ、夕食後はぜひ入ろう、と思いました。

 午後6時半まで、ゴロゴロと昼寝をしていましたが、家族揃ってダイニングフロアに行き、夕食となりました。

 その夕食時のことでした。

 昨夜、Y町の食堂内で経験したことと、同様のことが起きました。

 私が食事をしていると、急に「コトン!」と小さな音がしました。

 最初は、何の音なのか、分かりませんでした。しかし、私のテーブルの、お茶碗のすぐそばには、しゃぶり尽くした後のような、小さな柿の種が転がっていたのです。

 「これ、確か、目の前を、上から降ってきたような感じで落ちてきたみたいよ」

 「そうだよ、天井から降ってきたんだよ」

 父は妙な顔をし、「今日のおかずに柿はないのにな。なんでこんなものが天井から真っ直ぐ落ちるんだ?」と言いました。

 「昨日もさ、ご飯粒が僕の茶碗にさ...」

一同、不気味な印象に一瞬、おしゃべりを止めてしまいました。「小さな柿の種」という、こんな些細なことでも、家族と夕食の団欒を楽しんでいる時には、ぞっとするのです。

 私は、「これは明らかに姿が見えないモノの仕業だ」とピンときましたが、敢えてそんなことは言わないでおきました。自分が口にすると、余計に恐怖が倍増するからです。

 それでも、気にしないようにして、その日は夕食を皆、他愛のない「普通の会話」をぼちぼちしながら、済ませたように覚えています。

 夕食後は、思い切って大浴場へと入りました。

 「思い切って」というのは、やはり、身の回りの怪現象に神経質になっていたため、そのような気持ちになっていたのです。

 実際、ロッカーの鍵を受け取り、脱衣場で鍵についたゴムを手首に巻き付けている時でも、誰かが「カラリ」と入ってくると、いちいちギクッとするのです。

 浴場は天井が高く、広々とし、6種類ものお風呂がありました。時間が10時頃だったので、入浴している人は私以外、2人ほどしかいませんでした。しばらくすると、一人のお客が上がり、脱衣場へと戻りました。

 残っている人は、隅で打たせ湯に肩を当て、こちらに背を向けたまま、じっと動きませんでした。

 私は日頃の警戒心から、その女性があまりにじっとしているために、「あの人は、人間ではないのじゃないか」とさえ疑ったほどでした。

 しかし、それも懸念に過ぎませんでした。時間は、浴場内の時計では10時半になっていました。もう私だけが浴槽につかっているだけでした。

 その時、急にまた浴室の戸がカラリと開いて、誰かが入ってきました。

 よく見ると、その人はホテルの従業員でした。明日に備え、設備を点検に来ただけでした。それでも、私は浴槽の隅にじーっと体を強ばらせながら、「あの女性がもしスゥッと消えたらどうしよう」などと怯えていました。

 実にハラハラドキドキの大浴場体験でしたが、特にそこでは変わったこともなく、脱衣場で浴衣に着替え、キーを係の女性に返し、100円玉を受け取ると、フロアにはまだマッサージをする人、ドリンクを飲みつつテレビを眺める人々などがたむろしていました。

 要するに、「数多くの他人の中」では、怪現象は、私たち家族の錯覚だったのか、と思えるほどに、全く起きないのです。私たち家族4人が一つの部屋にいると、怪現象が起きるのです。

 と言うより、家族4人でなくても、私たちのうち、私と息子、私と父、または両親と息子といったバラバラの組み合わせでも、一つの部屋に家族のメンバーがいる場合、規模の大小に関わらず、不思議なことが起きてしまうようでした。

 これは何が原因となっているのか、その方面には全く無知且つ無関心だったために、訳が分かりませんでした。

 ただ一つだけ確かなことは、息子の不登校になってしまってから3ヶ月後に、超常現象が起きるようになった、ということだけでした。

 私たち家族が、佐藤愛子さんが書かれていたように、突如「霊体質」となってしまった、と解釈すれば良いだけのことかもしれません。しかし、「なぜ霊体質となったのか」に対する答えが、現実の理解の範疇内に見つからないのです。

 世の中には、会社員を辞めてまで、「霊媒師」となるべく修行を積み、見事そうした能力を備えた人もいる、と聞きます。

 しかし、私たちが仮にそんな能力を持ったとしても、そうした霊感めいたものは、ただただ恐ろしいだけで、全く、前世で悪業でもしでかしたのかと思えるほど、降って来たような災いに過ぎませんでした。

 その日の夕食後は、皆で相変わらずトランプなどをして過ごしましたが、私が浴場から帰ってくると、もうみんな寝ていました。

 私は、何時頃眠りについたか忘れてしまいました。ただ、当時のメモに、こう書かれています。

 ―部屋にお経を貼る。AM2:00~4:00 夜中に子がエアコンの埃と父の鼾で起きてしまい、「外のベランダに古井がいる、今、強い気配」と言う。

 ユタカのその言葉とほぼ同時に、Y町の旅館と同じように、ベランダ脇付近の壁を外から「ガンガン!ドンドンドーン!」と叩く激しい音が始まりました。

 「こいつはまたひどいなぁ......!」

 父はその怪音に目を覚まし、すぐさま、枕元のお経を手に取ると、一心に唱え始めました。

 その間、和室の低いテーブルの下に置いていたコーヒーのペットボトルが、生きているかのように、ズッズッズズズ......と息子の側に近寄っていきました。

 「わっ!ペットボトルが勝手にこっちに来るよっ!」

 ユタカは上半身を起こし、鬼に迫られたように壁際に後ずさりしていましたが、そのペットボトルを思い切って掴むと、バリッと潰してしまいました。 

 私は横になって、テーブルの下からその向こうにいるユタカの様子を見ていましたが、いきなり額に激痛が走りました。

 何が起きたのか、一瞬分かりませんでしたが、ユタカ側のテーブルの脚に4本ほどまとめて置いていた、別のジュースなどのペットボトルの一本が、私の額に激しい勢いで投げつけられ、見事命中したのです。

 今まで物が飛ぶのは随分見たけれども、それが顔面などに当たるのは初めてでした。それも、命中したペットボトルは、私の布団から4m は離れていたのです。

 物が勝手に「誰か」の手で投げられ、それが自分の体に当たる、ということで、夜半の恐怖は「得体の知れない気味悪さ」から、「いつ攻撃されるか」との畏怖感に変わってしまいました。

 「また、飛んで当たると痛いから」と思い、私は起きてユタカの側に行き、テーブル周辺の畳に置いてあったペットボトルは押し入れに仕舞い込みました。

 次に、アレルギー性鼻炎でユタカが使うテイッシュ箱は、彼の枕元から、わざとペシャンコにし、テーブル傍の座布団の下に押し込みました。

 そのわずか数分後、また眠ろうと横になっていたユタカが、「あれっ?」と起き上がり、私を呼びました。

 「どうしたの?」

 「さっき、お母さんが僕のそばのティッシュ箱をそこの座布団の下に押し込んだでしょう。それなのに、ほら見て」

 彼は、枕の感じがいつもと違う、と思ったら、そのペシャンコになった箱が、自分の枕の下にいつの間にかあった、と驚いて、私にそれを引っ張り出して見せました。

 「それじゃ、お母さんもユタカも誰も見ていない時でも、そういう物が勝手に移動しちゃうんだね」

 「ああー、もう寝れない......あっ!アイツの気配が、今度はトイレに移った......古井が今、トイレにいるんだ」

 「えっ......トイレ?やだ、トイレに行けないじゃない!」

 私とユタカがヒソヒソ話していると、ずっと夜中にお経を唱え続けていた父は、苛立って声を荒げました。

 「さっきから何だ、ペットボトルが飛んだの痛いのって、うるさいぞ!痛いのが嫌なら毛布でも頭から被ってろ!トイレが怖いだろうが、その怖いのをやっつけるために、俺がこうして寝ないでお経を読んでるんだ!ちょっとは我慢しろ!」

 父は必死になっているため、私たちが異変に驚いたりすることに、「お経を唱えれば鎮まるのに、それを遮られると集中できない」と焦りと共に苛立ちが募ったのでしょう。

 私はユタカの傍に寝転び、「おじいちゃんが怒るから、静かにしよう」とヒソヒソ声で囁きました。

 「それでも、何か起こると、びっくりして、キャーッて言っちゃうもんねえ」

 ユタカは、私に困ったように言いました。

 「でも、もうお経唱えなくていいのに......古井の気配、消えたから―それも、言っちゃだめかなぁ」

 私は、それならおじいちゃんに教えなきゃ、と答えました。ユタカは、「おじいちゃん、もうお経、いいんだよ。気配なくなったから」と声をかけました。

すると、父は何か勘違いしたらしく、ユタカを叱りつけました。

 「何だってこう、子供ってのは大人の言うことを聞かないんだ!お経の最中は静かにしなさいと言うのが分からんのか!」

 ユタカは、「疲れているおじいちゃんに、もう寝てもらいたかったのに」とがっかりし、叱責されたショックで吐き気がする、と言い出しました。

 私は息子に安定剤を頓服で飲ませました。しばらくすると、ユタカは落ち着いたらしく眠ってしまいました。父も、もう何も起きないことに気がつき、お経を止めて床に就きました。

 私は、父とユタカの間に諍いが起きると悲しくなり、なかなか眠れませんでした。仕方なく、梅酒を自動販売機に買いに行きました。もう午前4時になっていました。

 部屋に戻ると、自分の布団に座り込んで梅酒を少しずつ飲んでいました。家族は全員寝ていました。

 さっきの騒動の後、ペットボトルやティッシュ箱、また父の枕元の薬類や、テーブルの上の灰皿などは、「飛んだら怖いから」と、すべて、廊下側のクローゼットに仕舞い込んでいたので、部屋はきれいに片づいていました。

 「今はこんなに何も起きてないのに、なぜあんな怖いことばかり......いつもこういう風に平和ならいいのに」

 そう思った矢先でした。

 私がふと、目の前のテーブルに目をやると、どうしたことか、丸めたティッシュが幾つも幾つも、テーブルの上や、母や私の布団の上に散乱していたのです。

ついほんの数秒前まできれいに片づいていた部屋に、まるで「誰か」が20個以上もティッシュを丸めて投げ散らかしたかのように......(To be continued......)

 

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