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それらの手型は、痩せこけた人のものらしく、手の平の下が骨ばっていました。
ユタカが、その手型に触れないよう、手の形を合わせてみたところ、指の長さが全く異なっていました。私も恐る恐る合わせる仕草をしましたが、指の太さが合いません。
つまり、その手型は、私達家族以外の「人」の手型なのです。
私達は、午前3時すぎから4時半頃まで、女性の妙な苦しげな声を聞きながら、じっとしていたわけですから、それは当然のことでした。
父は、「何か(今起きている怪奇現象の)解決の糸口になるかもしれないから、その手型、足型を、デジカメで撮っておけよ」と私に頼みました。
その頃には、父も、「日本心霊科学協会」の存在を知っていたので、いざとなれば、そこに相談するつもりがあったのです。
私は、6月9日の午後、いつも行くショッピングセンター内にある、カメラ専門店に、そのデジカメを持って行き、問題のデータだけを現像するよう依頼しました。店員の人は、仕上がった写真を見せながら、こう言いました。
「何か、海にでも行かれたんですかね。こう、全体に青い背景ですもんね」
私は、「明け方、窓に映っていた誰か知らない人の手型を撮影したんです」とはとても言えないので、「いえ、海じゃなくって、明け方の山の景色を撮ったんです。家の前が、一面山ですから、綺麗だなと思って」と説明しました。
カメラ店の人は、「ああ、そうですか。綺麗に仕上がってますよ」と頷いて、小さなポケットアルバムに、それらが「不気味な」写真とも知らず、丁寧に収納したうえで、私に手渡してくれました。
しかし、この写真は、8月に「こんなものを保存していると、不吉だ」との理由で、燃やしてしまい、「日本心霊科学協会」にも、結局、相談しに行くことはありませんでした。
私は、仕上がった写真を、父と息子に見せました。すると、息子が、思い出した、とこう言いました。
「そう言えば、女の人の呻き声が続いている間、明け方になったよね。その時、僕の枕元の通気口から、女性の体がふーっと入って来て、部屋中に広がった気配を感じたんだ。その後、カーテンを開けたら、こういう手型が窓にいっぱいついていたんだもんね」
私は、その気配は分かりませんでしたが、ユタカの言う通りなら、窓の手型は、夜中じゅう、呻いていた女性のものに違いありません。
そして、スタンドが動き回るムービーが消去されたことについては、息子は、「珍しいし、面白い。もう一回見てみたい」と興奮していたようでした。その時は、恐怖心が麻痺していたのかもしれません。
しかし、今度の女性の声を聞いて、「怖いよ。この家、気持ち悪い」と言い出しました。
それで、父の旅行計画は、単に「現象の原因探し」に留まらず、知り合いの方々のアドバイスもあり、「お孫さんの気分転換にも必要でしょう」ということで、行き先を、6月15日から、兵庫県のY町の旅館に2泊、F町のホテルに2泊、ということに決定し、早速予約を取ることとなりました。
6月10日の午前0時前には、父の言うように、お経が効果があるのかを試すこととなりました。
そのために、ネットから検索した『般若心経』を印刷し、さらに何枚かコピーしたものを、子供部屋(私と子供と母の寝室)の入り口のふすまに押しピンでしっかり止め、更に、その寝室の勉強机、窓際の椅子、カーテンの左側の裏と、3か所セロテープで張り付けました。
すると、ユタカがびっくりしたように、こう言いました。
「ね、今、<はがせーっ>て男の苦しそうな声が聞こえたんだけど」
私も、何か男性の唸るような声が一瞬聞こえました。確かに、「はがせー」と言っているようでした。それは、『般若心経』をはがせ、ということなのです。
そのお経の最後に「悪霊を追い払う」題目があるから、と聞いていたので、そのお経の言葉に「悪霊」が苦しんで、「はがせ」と呻いたのでしょう。
日付が11日となった夜半、また誰かが家の中を素足で歩き回るような気配を、私と息子はふすまを閉めた寝室の中で感じました。
それは、若い女性のような、静かな足音でした。玄関からそのヒタヒタとの、気配と足音が忍び寄り、リビングへと近づいてきました。
しかし、その足音は、『般若心経』を貼ったふすまの前でピタリと立ち止まってしまいました。
私達には、その「人物」は、どうも困ったように、ふすまの前で立ち尽くしているように感じられました。
しばらくすると、パタパタパタ……と、玄関の方へ逃げるかのように、足音は遠ざかって行きました。
私達が安心したのもつかの間、その足音は、再びリビングへと諦めきれないように、近寄って来ました。
しかし、今度は、私達の寝室へと向かわないままでした。「誰か」が座り込んだ時のように、テーブルの椅子が、ややきしむような気配がありました。家中が静まり返っていました。
その「女性」は、何かを座ったまま考え込んでいる様子でした。
その後、父が寝室としている隣室へと入ったのか、その部屋にある大きな衣装ダンスの引き出しや扉が、「スーッ」「ギィッ……バタン」と開閉される音がかすかに聞こえてきました。
隣室では、父は大きないびきをかいて寝ていました。それなのに、タンスの開閉の音が「ギィーッ......バタン」と聞こえるのです。
私は怖くなり、ユタカにささやきました。
「ねえ、あの音......おじいちゃんじゃないよね。すごいいびきで寝込んでいるから......」
するとユタカは、「やばいよ」と困った口調になりました。
「やばい。さっきの女がじいちゃんの部屋に入ったんだよ。じいちゃんの部屋には今、お経貼ってないよ。じいちゃんが危ないかもしれないから、皆でじいちゃんの部屋に寝よう。ね、そうしよう」
何がどう危ないのか。父の命がその女の手で奪われるのか。
そうとは言い切れないながらも、漠然とした大きな不安に私は陥りました。
「今、隣の部屋に行くのは怖いけれど、おじいちゃんが心配だね......」
私が戸惑っていると、息子は「大丈夫だよ。皆一緒だから」と請け合うように言いました。
時間は、AM3:00 頃でした。俗に言う「草木も眠る丑三つ時」と呼ばれる「何かが出て来る」時間です。
女性の気配を感じながらも、それでも、私は、その女性の正体を、「霊」と思いませんでした。
妙な声がしたり、お経の手前で立ち止まる気配がしたり、それ以前から、物が勝手に飛んだり動いたりしているのだから、とっくに「これは霊の仕業だ」と認めていてもおかしくないのですが、私の意識の底で、「『霊が入り込んでいる』なんて、怖いから認めたくない」との感覚があったのでしょう。
私達は3人で、父の部屋に布団を移しました。その物音で、父は「何事か」と目を覚ましました。
私は、「今さっき、女性がリビングに入り込む気配がしてね、お経の貼っているこちらには来ないで、おじいちゃんの部屋に入って、タンスを開けたり閉めたりしてる音がしたもんだから」と説明しました。
父は、それを聞いて、「そうか......」と考え込みました。
ユタカは、ひとしきり布団を、狭い6畳に敷き詰めた後、疲れて眠くなったらしく、衣装タンスにもたれて、うとうとしていました。
しかし、彼は、いきなり、「うわっ!うわぁ!」と身をよじり、タンスを振り返りました。
「どうしたの、急に?」
「だって、僕が寄りかかってたタンスの引き出しが、僕の背中をさ、こう、ぐいーって押すように引っ張り出されて来るんだもの」
「えっ?引き出しが?勝手に?勝手に開いた?」
息子は頷いて、「また開くかもしれない。見ててごらんよ」と不安げにタンスから離れ、布団の中央に座りこみました。私は、父が体を横にしているマッサージチェアに寄りかかりながら、タンスを見つめていました。
すると、どこからか、9日のAM3:00 過ぎから聞いたのと同じような、若い女性の、細く苦しげな、泣くような声が、再び室内で聞こえてきました。
「ウ~ッウッウッ......ヒィッ......ヒィッ......」
「うわっ......!またあの声がする......!」
私達は、ぞっと寒気がしてきました。
その声のほぼ直後、先ほど息子のもたれていたタンスの引き出しが、私達の目の前で、スーッと引き出されたのです。
その引き出しは、アクセサリーや小さなポーチを詰め込んだものでした。
5秒ほどすると、また、引き出しは、誰も触れない状態のまま、スーッと引っ込み、パタンと元に戻りました。
この現象に、家族全員、顔を見合わせました。皆、無言で、ただただ「信じられない」との気持でした。
ふと気がつくと、「コトコトッ......コトコトッ......」と音がします。タンスの左右に視界を走らせると、右端の細長い衣装扉が内側から開こうとしている音だ、と分かりました。
今まさにその扉が開こうと、コトコト音を立てている―そう思う間もなく、みるみるタンスの扉が5cm ほど開いて、またバタン!と閉まりました。
私の恐怖心は再び麻痺し、気がつくと、大急ぎでその扉の映像を携帯で撮影していました。
また何か起こるかと、奇妙な好奇心に駆られ、携帯をムービーモードにして構えていると、今度は、同じ扉が、「コトコトッ」と鳴り、「キィッ......」と音を立てながら、ダイナミックに15~20cm も開き、1、2秒後には、「バタン!」と勢いよく閉められました。
「何だ、今のは......?」
「まあ、タンスの扉が勝手に開いて、閉まるなんて......怖ろしい」
両親ともに、顔をこわばらせていました。
しかし、父は、私同様、恐怖心以上の好奇心に満たされた様子で、「おいおい、今の携帯で撮ったんか?」と急くように尋ねました。私も、不思議なことに、「怖い」との気持ちが無くなってしまい、珍しい映像を捕えたかのように頷きました。
「うん、バッチリ撮れてるから」
私がそう言いながら、今撮ったばかりのムービーを確認していると、ユタカが急に怖ろしげに声を上げました。
「あっ!さっきの女がお母さんの方に近寄って行くよ!」
「えっ......どうしよう......!」
私はその時は、何の気配も感じませんでした。しかし、私に「その女」が近づいた、ということは、私の携帯に用事があったのだろうと思いました。
急いで、携帯のムービーを確認しました。すると、やはり驚くことに、たった今撮ったばかりのムービーは、ひとかけらもなく消去されていたのです。
「あっ......!また、今のタンスのムービーが消されちゃった......!」
すると、父がやや残念そうに「そうか、また消去だな。『相手』には、そういう証拠が残るのは困る、ということなんだなぁ」と呟きましたが、思いついたように私にこう言いました。
「なあ、『般若心経』貼ってたお前たちの寝室には、何も起きなかったわけだ。それで、俺が寝ている部屋には、入り口にも内部にもお経はなかった。それで、女の声がしたり、タンスが勝手に開いたりしたな。ということは、やっぱり『般若心経』は、効果があるってことだよ。ほれ、早速、ユタカの部屋に貼ってるお経を一枚はがして、そこのプリンターで20枚くらいコピーして、家中貼ってみよう」
私は、そうだね、と同意し、急いでパソコンデスクに座り、プリンターでコピーの操作にかかりました。
プリンターが、コピーされたお経を1枚、2枚と自動的に吐き出し始めた途端、物が飛び交う現象が、今までにない激しさで、突然始まりました。
それは、「現象の急襲」と言っても良いほどの凄まじさでした。
寝室のハンカチのみならず、ティッシュボックス、タオルケット、枕、椅子のクッション、帽子、ハードカバーの本、更には重いセロテープの台までが、怒り狂うように、「バシーッ!」「ガーン!」と、リビングの床や壁、また私の方へと次々と投げつけられて来ました。
「うわっ!飛んで来たっ!危ないったら、うわっ!キャーッ!」
私は、あまりの激しさに、慌ててデスクから離れました。
その間にも、部屋のあちらこちらにある本などが、パソコンデスクや玄関の土間に、「バーン!バーン!」と投げ飛ばされ、怖ろしいほど大きな音を立てました。
父は、「頑張れ、万里子、頑張れ、あと残り8枚だ、今だ、今だ!」と叫びました。
私は物が飛ぶ合間をかいくぐるように、再びパソコンに向かい、コピーボタンをクリックし続けました。
やっと20枚のコピーが終わると、父が「終わったか!早く家中、皆で貼ろう!」と、ガムテープを廊下の押し入れから出しました。
すると、今度は、誰もいないトイレのドアが、ひとりでに「バッ!」と開いては、「バーン!」と凄い勢いで閉まりました。この現象は、2回、続けざまに起きました。
「バッ!バーン!バッ!バーンン!」
家中の壁にひびでも入るか、というほどの、異様なまでの怖ろしい勢いでした。
まるで、家中の「モノ」達が、私達の行為の目的を察知し、怒りが頂点に達し、獰猛な狂気で暴れながら抵抗しているかのようでした。
実際、「彼ら」は、『般若心経』を家中に貼り巡らされることに、怒り狂っていたのでしょう。
私は、姿の見えない「モノ」達に「襲われている」恐怖心で、目の前の事柄がとても現実とは思えなくなっていました。
「早く、早く、急いで!」
皆で手分けし、玄関の内側、トイレ、浴室、押し入れ、私の勉強部屋のドアの表側―ともかく、ドアやふすまの表という表にはすべて貼り、また、リビングのドアやふすまには、両面に貼りつけ、衣装タンスの部屋と、隣り合った子供部屋、私の勉強部屋の窓、カーテン、机、椅子、壁、タンス―あらゆる家具にも貼り付けました。
また、この両部屋と、私の書斎の左隅の壁には、通気口がありましたが、そこには気がつきませんでした。
「これであらかた、全部貼ったか―あっ!そうだ、万里子、通気口にも貼れよ!ああいう所から、『奴ら』は入っているのかも知れんぞ!」
「ああ、通気口かあ―ホント、気がつかなかった!これがいけなかったのかも知れないね!」
父の言葉に、私も急いで3つの部屋の通気口にお経を貼りました。通気口は、リビングの入り口にもあったので、そこにも大急ぎで張り付けました。
その間中、引っ切り無しに物が飛び交っていましたが、「もうこれでいいだろう」と、私達が家の中を見渡した後、今までの凄まじさが嘘のように、「しーん」となり、すべての空間が静寂に包まれました。
時刻は、気がつくと、もう午前4時半でした。
コピーを始めたのが午前4時頃だったので、「モノ」の大乱闘は、30分間続いたことになります。
家中、投げ飛ばされた物が床に散乱し、ひどい散らかりようでした。母が、床に落ちていたハードカバーの本の中に、佐藤愛子さんの『私の遺言』を見つけて、びっくりしたように私に言いました。
「まあ、これも投げられていたんだね。見て、このひどい本の痛み方。『敵』は、この本の内容を知って、だから、憎たらしくて投げ飛ばしたんだろうね」
ユタカが、ほーっとしたように呟きました。
「はーっ......今まであった変な気配が全部消えちゃったよ」
この後、13日の晩まで、ほぼ2晩、ほとんど何事も起こりませんでした。何事も起こらなかった頃の、平穏な日常が戻ってきたかのようでした。
私達は、「お経のおかげだ」「通気口をお経で塞いだおかげだ」と思いました。
そして、そのお経は、更に10枚ほどコピーして、「15日からの旅行に、念のために持って行こう」となりました。
私達は、『般若心経』があれば、もう大丈夫―そう信じて疑いませんでした。
しかし、旅行先で、再び、私達家族は、「お経じゃ、だめなんだ」と思い知らされることになったのです。(To be continued……)