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たいてい、夜中の0時以降、数分間、小さな、しかしはっきりと聞こえるような、「コン、コン、コン......」という音がしていました。
我が家のすぐ階下の5階には、30代半ばの一人暮らしの男性が住んでいました。
その人は、些細な音に大変敏感で、神経質な人でした。
まだ息子が小学1年だった6~7歳頃、風船をつつきながら、リビングの上をはしゃいで歩き回っていた時です。今は改装しましたが、当時はリビングに、カーペットを敷いていたので、小さな子供の足音など、そんなに響くわけでもないのに、その男性は、夕方の4時頃、「ピンポーン」と呼び鈴を鳴らしました。
「足音が騒がしいんですけれど」
その時は、「そう騒いでいないのに、神経質だな」と思いつつ、「まだ子供が小さいので、申し訳ありません」と謝りました。
しかし、夜10時頃にも、呼び鈴を鳴らしに来たことがあります。息子はもう、すやすや寝ていました。その時には、母が応対に出て、「うちは子供はもう寝ていますよ。ほら、部屋の明かりも消しているでしょう」と説明すると、その男性は恐縮した様子でした。
「すみません。私は、最近、どうも神経がおかしいので......」
そう言って、非常階段を降りて行く足音がしました。それでも、時折、我が家の物音が「うるさい」と感じたのか、ある時などは、その男性がまた来て、呼び鈴は押さずに、玄関の扉の外側を「バーン!」と蹴って行ったことがありました。朝になって確かめると、男性の靴跡がはっきり残っていたのです。
それほど、神経質であるし、迷惑なほど物音も立てずにいるのに、人の家の玄関を蹴飛ばすほどの人物だから、夜中の「天井をコツコツ叩く音」は、階下の男性がやっているのだろう―ずっと、そう思っていました。
父が来た時も、その音は、階下から聞こえるように感じました。私と母は、「下に変な人が住んでいるから、きっとその人かも」と説明しました。
しかし、父は、こうも言いました。
「マンションみたいな集合住宅は、何メートルも離れた家の音が、反響して聞こえてくることがあるんだ。反響音というのがあってね。ここは山に囲まれているから、余計に響くんだな。戸建ての住宅街でも、2キロも離れた家の物音が聞こえたという例もあるんだから」
それでも、その音は、よく耳を澄ますと、何か細く長い棒の先のようなもので、細かく小刻みに音を鳴らし続けているのです。
しかも、父が来てからは、その音は明瞭に、ますますスピードも上がっていることが判りました。父も、不思議だと首をひねり、「天井を叩くのに、こんなに素早く叩き続けるかな。いたずらにしても、奇妙だ。こんな念入りないたずらを、夜中にするなんて、よくまあ疲れないもんだ」と不審がりました。
そのうち、ユタカが気がつきました。
「あっ!これ、棒の先なんかじゃないよ。指でやっているんだよ。ほら、指だとさ、こうやって、タタタタタタタタタッと打ち鳴らせるもんね」
そう言われると、確かに指で叩いているのだ、ということになぜ気がつかなかったのだろう、と思いました。
そして、その「階下の天井を叩く音」は、よくよく聞くと、天井ではなく、我が家の、ベランダに面した二部屋を仕切る、壁の中から響いてくることが、はっきり判りました。
その仕切り壁は、厚さは10cm ほどです。
そんな中に、どうして人間が入れるでしょう。
私は、父が一旦大阪の実家に戻った5月22日のメモに、こう書き残していました。
「AM 1:30~2:40 下?の方から壁か天井を素早くコツコツと叩く音が続いた。(いつにも増して、音が大きく、1時間半近く続いた。)このコツコツという音は、5月16日以前にも、たまにあったが、16日以降、夜半の1:30 頃から毎晩のように30分以上続くようになった。=不思議な現象が起こる時間帯とほぼ同じ=しかし人為的な感じ、誰かが人を困らせようといたずらしてる感じで、こちらが壁を叩き返すと、また返事のように、コツコツ始まる」
こんな変な内容の記録が一体あるでしょうか。
しかし、「夜半のコツコツという音」は、完全に壁の中から聞こえるのです。そして、私が試しに、拍子をつけて、「コッココ、コンコン、コンコン」と手の甲で叩くと、全く同様に、同じ拍子で隣室の壁を叩く音がするのです。
もちろん、家族全員は、子供部屋に集合しており、隣室には誰もいません。こんな事実を、もし警察や管理人さんに話しても、一体誰が信じてくれるというのでしょうか。
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